キュウリの血と肉

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さっき見かけたすごい住所はなぜ生まれてしまったのか

夕方藤崎町弘前のお隣)を歩いていたら、とんでもない住所を発見しました。

 

困っています。小字に丁目をつけないで。

確かに弘前市大字川先(かわさき)は大字小比内(さんぴない)などを千切り合わせて生えた地区ですが、それにしてもこれはおかしい。

どうしてこんなことになってしまったのか、いくつか原因が考えられます。

仮説

①「二丁目という小字」説

こういうパターン。だいぶん前に川先が小比内に吸い込まれていて、川先の中にそういう小字があったら「川先2丁目」と表記されてもおかしくはない気がします。

②「地番整理があり、さらに番地を丁目と間違えた」説

これは弘前市内にある他の事例と比較したとき(もしかしたらあるかも……)となる説。弘前市地番整理で住所を分かりやすくしていて、住居表示っぽい住所も地番整理の賜物です。

わざわざ「番地」と書くことでNOT街区符号アピールをしている

大字小比内で地番整理が行われ、川先に2番地が誕生することは十分考えられます。ここで問題になるのが「丁目」表記。番地をわざわざ丁目呼びすることはなかなかないのですが、なんと弘前市内でやっていた所があります。

 

これは市中心部の少し南に位置する富士見町に、数年前まで存在した地図です。地番整理が行われた際に設置された板だと思われます。凡例を見ると

 

●は丁目

□は番地

 

?????????????????

富士見町が33丁目まであることになっちゃった。これには帯広市西19条南42丁目もビックリ。このやらかし(認識)が川先でも行われていた場合、「川先2丁目」は簡単に発生します。

 

ちょっと待って!(汗をかいた男の子が開いた右手をこちらに向けている画像)

汗男右像「川先に2番地ができるなら、字川先は大字小比内の一番字ってこと?

右像くんに今想像させた地番の振り方は「一村通し」と呼ばれるやり方で、ひとつの大字を通し番号で振っていくものです。数字だけで大字内の地点が一意に定まる優れもの。ただし、小字を廃止した時にどの番号がどの辺りかが想像しにくいという問題があります。そこで、ひとつの小字が終わったら次の小字へ、それも終わったらまた次へ、というように振ることで、字○○は1から210、字××は211から589、字👹👹は590から75098647374391084732478190……となり、どの字の地番か大体の当たりをつけることができるようにしています。つまり、若い地番があるということは、その大字の中で付番の順番が早く回ってきた小字、ということになります。

しかし、ここ弘前では「小字ごとに1番から振り直す」という「一村通し」とは真逆の方法を採っています。数字がいちいちリセットされるため、大字+数字だけでは複数地点が候補に挙がることになります。絞り込みに必要な情報として、小字を(幸いにして?)消せずにいます。

大字狼森2番地は2箇所ある

大字小比内の地番が上の画像よろしく振られていれば、「大字小比内字川先2番地」はほぼ確実に存在します。そして、富士見町と同じ間違いを犯して「大字小比内字川先2丁目」の完成というわけです。

③「うっかりミス」説

そういうこともあるよね。普通にこれだと思います。

 

見ます

ゼンリンがせっせと発行している『住宅地図』を見て確かめます。ちなみに2022年現在の小比内と川先はこんな感じ。弘南線に乗って転がったとき、弘前東高前~運動公園前で見える景色の大部分がこれら2地区です。

 

まずは1984年版から。この時点では川先は小比内の一小字に過ぎません。また、「二丁目」の文字も見当たりないため、①「二丁目という小字」説は棄却です。またのお越しをお待ちしております。

地番を見ると、どうやら一村通しになっているようです。しかし、後から追加されたと思われる地番は小字同士で被っている(例:字福田萢と字川先で79が重複)ため、一村通しの「数字だけで大字内の地点が一意に定まる」というメリットは壊れかけています。

 

次に10年飛んで1994年版。大字川先一丁目~四丁目が小比内字川先・外崎字富岡・取上字沢田・取上字東田の各一部から成立しました。川先を千切った小比内も、人住みの多い部分を一丁目から五丁目に分けています。

なお、字川先のうち、人住みのあった部分のほとんどは大字小比内一丁目・四丁目に吸い込まれています。これは字川先と字橋元(北側)・富田(南側)が県道を境にしていたのに対し、大字小比内と大字川先の境は西寄りの小比内新道になったためです。

 

1984年と1994年の間に出た版を順繰りに見て、大字川先の成立年を探ったところ、大字川先の文字が初めて現れたのは88年版でした。そして、地番整理も同時に行われています。88年版は1987年11月に発行されていることから、1987年のどこかで地番整理が行われて大字川先が成立したと考えられます。

ところで、1987年までに大字小比内(旧)の中で地番整理が行われた形跡はありませんでした。よって「大字小比内字川先2番地」は存在したことがなく、②「地番整理があり、さらに番地を丁目と間違えた」もおしまいです。

 

というわけで、③「うっかりミス」が一番有り得そうです。そらそうよ。

 

おわり

おわりだよおわり!!!!さっさと帰えんな!!!!!!