キュウリの血と肉

モッス・カプロョモール・エニスポラ

りんごジュースを飲みまくると気が狂う前に腹が狂う(本が出ますよ)

あした、恐ろしい本が出ます。青森県内でりんごジュースを134種類も集めて、写真を撮って、並べた本です。サークル・しらゆき創作工房の稲本海*1さんよりお誘いがあり、おがぴ*2さん・みくまりの計3人でもって制作委員会を結成しました。

この本には、各ジュースについて「製造者」「販売者」「見た目と味」の3項目が記されています。製造者と販売者はラベルに記載されていますから、それを見て書けばよいとして、問題は三番目の「見た目と味」です。缶飲料の場合、中身のジュースがどうであるか、パッと見では分かりません。コップに注ぐ必要があります。

味はなおさら。手元に味覚センサがなければ、味を知る術は飲む以外にありません。飲む必要があります。

で、飲みました。飲めるだけ。恐怖の試飲会が9月8日・19日・10月14日の3回に亘って行われました。

 

まずはジュースを買い集めなければなりません。制作委員で手分けして、なるべく広範囲に集めます。

これだけ買い集めても県域を網羅しきれていない

39MLは中弘南黒を担当。初回の試飲会が9月8日に設定されていたため、前日の7日に買って回りました。ちょうど青森県産業技術センターりんご研究所の参観デー*3と抱き合わせにできるのも好都合。黒石駅前でレンタサイクルを借りて転がりました。

おチャリで転がると、歩きで回るより範囲を拡げることができます。普段ならよいこと。しかし、今回に限ってはあまり喜ばしくありません。行きと帰りで荷物量に大きな差が出るため、本当に苦しい帰り道になります。しかもルート上、黒石駅へ戻るには長い上り坂を行く必要がありました。前カゴに10kg超を積載すると、もはや漕いでは登れません。同じような行いを目論んでいる人間、気をつけて。

食堂がラーショの激しい直売(黒石市花巻)

売店に並ばないジュースが大量に生えている点で、直売巡りは驚きの連続です。生産者がめいめいに拵えて出荷しており、普段見ない製品だらけ。農林漁業の6次産業化を推し進める中で、りんごジュースの製造・販売に補助金を出している事例もあり、ジュースたちはなかなか元気に生えています。同じ瓶に同じラベルを貼り、ちいこいシールだけ変えて様々な品種を販売する罠もあります。

鮮(田舎館村高樋)

そして、あまりにも種類があって買い切れません。よく吟味し、厳選して買う必要があります。結局、26点を買っておしまいとし、稲本さんのOUCHIへ向かいました。厳選して26点。これ以上買うと徒歩での輸送に支障をきたします。そう。徒歩。駅まで歩いたり、駅から歩いたりする必要があります。

輸送した品々を稲本ハウスで並べたようす

翌日、おが・カー🚘で試飲会場へ。3人目は荷物の一部と化して乗車。

制作委員が4人いなくてよかった

場所を予約して試飲会をやると発生する面白事件の一つに、「会場の入口にある"本日の催し物"の板に謎の文字列が掲示される」があります。お堅い雰囲気の文言が並ぶ中、明らかに異彩を放っていました。

!?

何らかの研修研究部会!何らかの教育課程の何らか!何らかの会議!ジュースの試飲会!何らかの研修会!講習会!すごい並び。

 

会場入り即試飲ではありません。飲む前に、表紙用の集合写真・一点一点の物撮りをする必要がありました。この日集まったジュースは96点。おかしい。集まりが良すぎる。試飲会のお誘いに対し、行けたら行くね~と返したジュースが一点もいません。

圧がすごい

集合写真の撮影はなかなか楽しい作業でした。収まりよくなるように、幅を調整したり、背の順に並び替えたり。問題はその後です。写っている全てのジュースを撮影しなければなりません。購入したジュースの一覧と照らし合わせて、番号を振る作業も同時に行います。ジュースを置く人、シャッターを切る人、番号を振る人の分業制。

 

96回これをやる

 

向かって右手の机からジュースを取り、決められた位置へ置き、撮影。撮り終えたら左手の机へ流します。

似たサイズのものをまとめて物撮りしたため、撮り終わったジュース群は綺麗に並んでいました。なんか道っぽくない?ということで録った動画がこれ☟。

youtu.be

ドンジャラ*4車載動画

このあと品種別に全部並び替えた

これで撮影の部は終わりました。いよいよ試飲に移りますが、その前に告知を挟みます。一体なぜか?もしこれを食事中ないし食事を楽しみに待っている状況で読んでいるならば、即座に閉じたほうがよいためです。記事タイトルをよく見ると「腹が狂う」とあります。腹が狂う話を食事中に読んではいけない。告知を見て、記事を閉じて、ごはんを食べ終えたのち、また読み進めたほうが幸せです。

 

■お知らせ

『青森りんごジュース約100点』は11月3日(明日!)開催のおもしろ同人誌バザールで頒布があります。B5判本文フルカラー・78pで頒価は1,000円。スペースは本館3階・お-15です。

うれしい!通販もあります。

■お知らせここまで

 

それぞれに記録用紙が配られ、試飲スタート。90mLのプラコップに注いで分配します。コンタミしないように、コップは1杯飲んだらそのままポイ。

これ全部飲むんですか!?

小瓶、小ペットボトルや缶であれば、だいたい200~280mLですから、ひとり頭60~90mL。時折はみ出しますが、100mLを超えることはそうありません。これなら、かなり楽そうです。

試飲会の序盤には実際そう思っていましたが、大事なことが思考からすっぽり抜け落ちていました。尋常でない種類のジュースが待機しているのです。100mL弱を何回繰り返しても終わりません。幸いにして、口腔は結構喜んでいます。りんごの味は嫌いじゃないし。他方、お腹は怒っています。今までに経験したことのないタイプの痛みが寄せては引き、寄せては引きを繰り返し、15杯を飲み終えたころ、おがぴさんがとうとう脱落しました。脱落の原因は、お腹の問題だけではありません。ジュースが冷えていませんでした。ぬる~いジュースを大量に飲むという行いは、人間にとって存外堪えがたいものなのかもしれません。

試飲会の後半は阿鼻叫喚の叫喚抜き。阿鼻*5。静か~に苦しむ3人。試飲・休憩・苦笑・ちょっとトイレ……・試飲・休憩・ちょっとトイレ……・苦笑・試飲・苦笑・休憩・ちょっとトイレ……

 

試飲会がお開きになった直後、未知の下痢。人間噴水。最強散水ノズル。発電したいくらい激しい下痢。

 

リンゴは水溶性食物繊維(ペクチン)を多く含んでおり、ジュースになるとこれがダイレクトアタック。しかも大量に飲んでいるとなればもう大変です。しかし、りんごジュースを腹痛なしに試飲するやり方が分かりません。

もう、腹痛は承知の上で飲む。そして、案の定お腹を痛める。試飲会そのものは回を重ねるごとに改善がみられましたが、試飲会後の腹痛については覚悟以外の解決策が見当たりませんでした。

 

結局、この日は27杯を飲みました。かなり健闘したと思います。3回あった試飲会のうち、最も多くの種類を飲んだのは初回でした。

様々な品種・生産者のジュースを楽しめること自体はすごくうれしい

 

11日後、9月19日。試飲会、再び。その間にトマト トマト トマト トマト

りんご りんご りんご りんご

また増えています。これでりんごジュース128点。前回と同様に、物撮りののち試飲会を始めます。

助けて!

恐ろしい。もう100点シリーズをはみ出しています。でも、大丈夫。本家・100点シリーズはもっとはみ出しています。

100点をヌルッと超えている

 

前回の反省を踏まえ、ジュースたちは冷えています。心ウキウキワクワク~

りんごジュースが 箱で冷えてる それが罠とも知らずに

これまた前回の反省を踏まえ、お口直しを増やしています。

黒石市大川原の蕎麦かりんとう

この回は、比較的穏やかに進みました。ジュースは十分に冷えていましたし、お口直しも種類が豊富でした。口中の単調さを解決するだけでこれほどまでに飲み進めやすくなるか、という感動すらありました。そう!飲み進めやすくなっていました。そしてジュースは十分に冷えていました。するとどうなるか!?

 

既知の下痢。11日ぶり。緊急放流。ケルヒャー人間。お腹ウキウキワクワク。その勢いで便器が壊れるのが先か、人間が大気圏を脱して壊れるのが先か。魂と魂のぶつかり合い。

 

確かに、りんごジュースの飲用にあたって、喉ごしを良くすることは重要ですし、実現のための手法として冷却は有効です。前回にぬるいジュースを飲んでギブアップの人もあったことを考えれば、冷やしておいた方がよっぽど良いでしょう。しかし、お腹は怒っています。また怒っています。先々週は食物繊維にさんざっぱら苦しめられたのに、加えて今度は冷えてるの!?正当な怒り。彼方立てれば此方が立たぬ。

 

23杯を飲み、前回と合わせて50種類を飲みきりました。手前味噌ながら、よくぞここまで3人でがんばったと思います。飲めなかった分を持ち帰って、手分けして試飲することで終わりとしたいところですが、強敵が立ちはだかっています。大瓶です。

試飲会では、残った液体の処理が困難であるため、開栓即完飲がルールとして定められました。ここまで飲んできたジュースたちは、いずれも内容量が500mL以下であり、3人で手分けすれば(少なくとも飲んでいる間は)楽に完飲することができました。

しかし、りんごジュースの主役は、直売所の主役は、大瓶です。直売所で売られているジュースは、もっぱら自家消費に回ることを想定しており、贈答用に何種類も見繕って買うようなものではないのでしょう。製造側としても、小さな瓶にこちゃこちゃと詰めれば手間がかかります。とかく何を買っても大きい。小物を倒した後に残された1L前後の瓶たちは、制作委員会の手に負えません。

 

そこで、10月14日に拡大試飲会を開催。3名の制作委員に加え、7名の腹痛覚悟人間ズが参加し、総勢10名で大瓶に挑みました。

ヒエ……

大瓶の多くが、密封に王冠を使用しています。これがここまで試飲に踏み切れなかった大きな要因でもあります。スクリューキャップであれば、少し飲んでも蓋をして持ち帰ればOK。対して王冠の場合、替栓で蓋をしたとしても、移動中に外れる恐れがあります。

“それ”が開いたら、終わり。

でも、10人いればなんとかなりそうです。実際なんとかなりました。1Lであれば、ひとりコップ1.5杯分くらいずつ飲むだけで済みます。よかった。

人数が増えただけで、かなり気楽になる

拡大試飲会の中で、とりわけ参加者の注目を集めたジュースは「SANNOHE PEAK 紅の夢」でしょう。果肉まで赤い品種「紅の夢」を使用している点はさることながら、720mLで2,800円という価格のインパクト。10等分して、プラカップ1杯で280円。

2,800円のジュースを見守る330円のポテト

実際2,800円出してもいい味がするのはすごい

すごい!大瓶を18本も空けました。引き換えに腹痛さんが来てくれましたが、大丈夫です。もはや「仕方がないもの」として覚悟が決まっています。最後に残ったジュースを分配して、3回に亘る試飲会は幕を閉じました。

 

なんだかりんごジュースがお腹に悪いように思えてくるような内容になってしまいました。これは異常な量を飲んだせいです。適量を飲むとおいしいし、食物繊維を適度に摂ることもできます。

この記事を書きながら、1日かけて280mLのりんごジュースを飲みましたが、すこぶる快調です。人間のみなさんも、りんごジュースは好きな商品を適量飲むと吉です。

好きな商品が分からない?そんな時には『青森りんごジュース約100点』が便利。青森県内で売っているりんごジュース・134種類の画像がひたすら並んでいるだけではなく、酸味と甘味の体感スコア(n≠1)や一口メモも載っています。これを参考に、気になるジュースを何本か買って飲み比べると、自分が好きな味の傾向が見えてくるかもしれません。(終)

 

 

*1:

https://twitter.com/Kai_inamoto

*2:

https://twitter.com/ai701_N7

*3:希望すれば実験圃場に誰でも立ち入れる神イベ

*4:ドラえもん』35巻収録「ドンジャラ村のホイ」に登場する村。ドンジャラ村の住民は小人族で、のび太たち大人族の親指ほどの身長。万能手綱と呼ばれる道具を動物の首に巻きつけて移動する

*5:原義〈阿鼻〉は八大地獄の最下に位置づけられる阿鼻地獄を指すが、ここでは誰も大声を出すことなく、表向き穏やかに苦しむさまを想像されたい

いま行くと吉!壮瞥(そうべつりんごめぐりに行きました)

10月20日(金)から「第37回そうべつりんごまつり そうべつりんごめぐり」が開催されています。

10月3日(火)に生えた告知がこれ。

壮瞥町りんご大使」に!?「木下ひなた」が!?!?就任!?!?!?

 

これは大変。過去には『木下ひなたの田舎を探ろう!』をぱにろく( @kq826f )さんと共著した動物です。行く必要があります。

 

ひなたのオタクが弘前に来た回の画像をずっと使っている

よく見たらブログのアイコンもひなただし(さっき気づいた)。オープニングセレモニーに合わせて、胆振管内壮瞥町へ行くことにしました。

【注】この記事は果てしなく長い!りんごめぐりが始まるまでに約5000文字を費やしています。りんごめぐり部分のみ読みたい場合は、☟の目次から「10月20日」に飛んでください。

高まる機運

なんだか今年の秋は随分りんごづいています。

『青森りんごジュース約100点』出ます

青森県内で売っているりんごジュースを100種類以上集めて試飲*1したり、来夏に出したい本に向けて札幌でりんご狩りをしたり。

札幌市南区豊滝・篠原果樹園

国内における西洋りんご栽培発祥の地である七飯町(渡島管内)も見ました。

七飯官園跡

 

もちろん、ミリオンづいてもいます。ミリアニも下田*2と盛岡*3豊洲*4と札幌*5で観たし。弘前から観に行こうとすると結構大変です。

最寄りにしても比較的距離があるため、もうどこで観ても実質0kmみたいなところがあります。

函館空港も使ったし。センチュリーマリーナ函館*6も泊まったし。

11月1日(水)からは「アイドルマスター ミリオンライブ!×天然温泉湯~ねる」コラボが始まります。奈緒に温泉案件、圧倒的感謝。それにしても催し物が多い。流石に全部は追い切れません。

 

さらに、胆振づいてもいます。青森と室蘭を結ぶ航路が10月2日(月)に爆誕

かなりお安い

さっぽろりんごめぐり(?)の帰り、初便に乗れてしまいました。今回も、往路にこの航路を利用して津軽海峡遠泳大会を回避しています。

室蘭発初便

いきます🍎

10月18日

15:45 室蘭フェリーターミナル

というわけで、まずはフェリーでしょっぱい川を渡ります。

青森→室蘭は朝発夕方着で結構お便利。

白鳥大橋をくぐる

室蘭に着くなり、まずは新聞を買う必要がありました。18日付の道新(地方面)に今回の記事が生えていたためです。

フェリーターミナルからホテルへ行く間に2軒あるコンビニのどちらかで買おうと思っていたところ、どちらも売り切れていました。時間帯が時間帯だからね、仕方ないね。

代わりに地元紙・室蘭民報を買ってホテルへ向かいました。この選択がOKで、室蘭民報にも記事が出ていたのでした。

室蘭民報』(2023.10.18 朝刊)

今月の頭は中島町東室蘭駅付近)に泊まったので、こんどは中央町(室蘭駅付近)で泊まることにしました。

ホテルミリオン

!?

 

2点リーダ

!?

 

久しぶりに見ました

!?

 

激しい。でも、フロントのoba3は親切だし、朝食もいい感じでした。

泊まるだけなら5兆点。

 

ホテルで中島町の道新販売所におTELTELしたのちJRに乗り、無事に道新も確保。yokatta~

北海道新聞』(2023.10.18 朝刊)

 

毎週通いたい

で、大鳳。3週間ぶりの大鳳

ピーマンも良い

やきとり、5兆点。

 

納豆っていつ食べてもいいですよね

揚げ納豆、5兆点。

 

ふきがうめ~のよ

おでん、5兆点。合わせて500兆点。

 

毛羽先

 

10月19日

7:00 ホテルミリオン

翌朝、重要指名手配被疑者の皆さんに見送られてチェックアウト。いよいよ壮瞥を目指します。

 

室蘭駅では駅員の居らない時間があって、マイケル・サンデルみたいな案内板が働いています。

これからの「列車」の話をしよう

室蘭を7:07に出る長万部行きで伊達紋別へ。この時間帯は伊達へ通う高校生でごった返しています。途中の崎守で降りる人もちらほら。

BC9巻P16に登場した駅舎

伊達紋別で降りて、大滝行きのバスに乗り換えます。これは国鉄胆振線伊達紋別~俱知安)の廃止代替であって、昨年の9月末で大滝~喜茂別が滅んでいます。

For Hommachi-HigashidanchiではなくOtakiとするのはかなり正しい

昨年の9月といえば、ちょうど喜茂別~俱知安で胆振線バスに乗っている*7わけで、なぜ廃止区間を乗らなかったのか?というアレはあります。

2022/9/15 喜茂別

本当に初めて見た海はどこか分かりませんが、伊達の海はかなり早い段階で見ているはずです。思い出せる限りでは、伊達の砂浜が最古の海に関する記憶です。オカヒジキが生えているのを見ました。基本的に淡水と仲良くして生きてきたため、海といえば伊達、海といえばオカヒジキみたいなところがあります。経海値が低すぎる。

大滝行きのバスは海にそっぽを向いて転がります。高校生多め。

途中で室蘭発のバスに追いついて、壮瞥役場前まで続行で走っていました。室蘭~洞爺湖温泉のバスは、6時17分に室蘭駅前を出ます。これではホテルの朝食は無理。7時7分のJRで伊達紋別まで行くことにしました。

ちょっとした通学ラッシュがある
8:50 新山沼展望公園

壮瞥役場前で降車し、天気の崩れないうちに新山沼展望公園へ急ぎます。

昭和新山へ歩いていくのは結構大変

新山沼は、昭和新山の形成によって壮瞥*8が堰き止められできた沼で、展望台からは沼(の手前に元気に生えている電柱)を見ることができます。

おっ、電柱ゥー!

噴出物を簡単に観察できる学習露頭

露頭もあって二度おいしい。

公共交通機関で訪れる場合、壮瞥のまちなか(滝之町)と昭和新山の両方に行くとなれば難儀しますが、新山沼なら簡単です。

北の湖記念館前停で降車してヌルッと歩けば新山沼がありますし、少し頑張って坂を登れば展望公園もあります。おまけに道には歩道もあるときた。えらい。

ただし高低差はそこそこある
9:05 壮瞥町郷土史料館・横綱北の湖記念館

でかい

展望公園から下ってきたら9時5分。ちょうど壮瞥町郷土史料館が開いたところです。

壮瞥が生んだパワフル人間・横綱北の湖記念館と一緒になっており、順路の前半はお相撲100%、後半は壮瞥100%。境目はきっぱり分かれていないため、相撲相撲相撲火山相撲相撲火山火山相撲火山火山火山……という感じ。

北の湖vs日本の活火山 北の湖の全勝
10:15 壮瞥小屋(紫明苑)

滝之町の中心へ向かいつつ、橋口文蔵(1853-1903)が建てた壮瞥小屋(紫明苑)を見ましょう。

外装・内装ともに後年かなり手が加えられている

橋口文蔵は薩摩の生まれ。明治14年(1881)までマサチューセッツ農科大学(クラーク博士が学長だった)で大規模農業を実験し、帰国後は開拓使北海道庁に勤めたのち、21年(1888)から24年(1891)まで札幌農学校長(北海道大学の前身)の職にあった人です。

壮瞥においては、未開地10万坪を払い下げ、管理人を置いて小作方式の農場を開設、小作人を入植させて開拓を始めました。当時の開拓民は人力で鍬を振って新地を起こし、整地や除草なども全て人の手で行っていました。対して橋口は、アメリカから洋式の農具(プラウ*9・ディスクハロー*10・カルチベータ*11等)を輸入し、畜力を利用した近代的農法を取り入れました。これらの農具を小作人に貸与・指導し、橋口農場を模範的農場として経営したものです。

また、明治23年(1890)ごろからはりんごの栽培を始め、壮瞥でりんごを大規模に栽培した初めての人でもあります。

紫明苑に建つ開墾記念碑
10:25 壮瞥町役場

平成20年(2008)竣工

朝にバスを降りた役場まで戻ってきました。左半分が役場、右半分が地域交流センター山美湖(やまびこ)。

りんごめぐりのスタートを翌日に控え、役場の入口には幟が立っていました。本当に大使になるんだねえ……

そうきたか!

山美湖には図書室が入っています。夕方、町史を読みに訪れました。

!?

 

!?

 

!?

 

すごい。BC9巻が図書室の入口にいます。しかも2冊。予習を忘れた人にもやさしい。

 

滝之下中心部

時を戻しましょう。道の駅へ向かいつつ、BC9巻の舞台めぐりをしました。

 

9巻P47

壮瞥神社⛩

 

9巻P25

Aマート🏪

 

9巻P27

農協前停🚏

 

BCの聖地について、詳細は『ぱにろぐ』の記事に載っていますから、本記事では割愛します。

kq826f.hatenablog.com

 

SOUBETU

恐怖!りんごを狩るりんご

このキャラクターは「そうべつくだもの村」のもので(名称不明)、各果樹園への案内看板のほか、ガイドマップにも登場しています。

 

11:45 道の駅そうべつ情報館i

でかい

道の駅そうべつ情報館i(アイ)に着いています。

壮瞥町伊達市・豊浦町・洞爺湖町に跨るジオパーク洞爺湖有珠山ジオパーク」の展示・学習施設を兼ねており、2階「火山防災学び館」では有珠山昭和新山を主として、噴火とその減災・防災について知ることができます。

火山に関する情報を簡単なかたちで網羅している

 

むろん直売(農産物直売所サムズ)もあって、「りんごめぐり」の対象店舗になっています。くだものコーナーは建物自体分かれており、果樹栽培の盛んなさまが見て取れます。

りんごは翌日しこたま買うので、加工品を探します。

NEW商品でりんごパウンドケーキがあって踊っていました。パウンドケーキ大好き人間。翌日にはひなたの手描きポップが生えていたらしい。見はぐって泣いています。

 

12:15 地域のあそびば ミナミナ・ヨツカド商店

ミナミナさん☜☞ヨツカド商店さん

次いで、道の駅向かいに建っている「地域のあそびば ミナミナ」さん・「ヨツカド商店」さんにお邪魔しました。

一棟を共有しており、左手がミナミナさん・右手がヨツカド商店さんです。「りんごめぐり」の拠点となる施設でもあります。

ミナミナさん。翌日びっくり

コーヒーとタルト。うれしい。

 

そしてチャイ。めちゃくちゃうれしい。

 

14:10 壮瞥

天候が回復してきました。滝の町停近くにある壮瞥滝を見に行きます。

滝の町停横のトイレにはりんごのサイン。

トイレ自体は使えなかった

この辺りは不動町とも呼ばれ、壮瞥の農業発祥の地ということになっています。

明治12年(1879)に千葉力之助(岩手出身)、13年(1880)に庄司定吉(宮城出身)、佐藤又六(有珠郡紋鼈村出身)の計3軒が入植しました。千葉は大麻の栽培適地としてここを選定し、14年(1881)には実際に大麻の栽培を始めています。

このころ、開拓使では苹果(りんご)の栽培を奨励していました。当地にも13年にりんご・梅・漆などが配布され、前述の3軒が栽植しました。

つまり、ここが壮瞥の果樹栽培発祥地であって、トイレにりんごのサインがあるのは大正解、というわけなんですね。

不動会館

 

壮瞥滝は壮瞥川の湖岸から約70mのところにあります。

往時は道南で最も壮観な滝として観光客を集め、飛沫が霧となって高く吹き上げる様子から"下から雨が降るところ"と呼ばれることもありました。

壮瞥

壮瞥における近代農業の嚆矢・橋口文蔵は、紀行文中で次のように描写しています。

"壮瞥に至れば瀑布前に当り、直下十数仭、其の広さ五弓許、白雲一帯天上より垂れ、明珠細大雨となりて降り、銀粉飛散岩上堆を為し、軽煙濛々山堅を薮ふ、予が一行も亦画中に在るが如し"(壮瞥町史より)

大正8年(1919)11月、株式会社日本製鋼所壮瞥川の水を利用した水力発電所を建設するにあたって水路を設けたため、壮瞥滝は流路から外れました。滝を失ったことで町民や観光客はしょんぼり。

町は滝の復活のため、昭和46年(1971)6月に北海道電力株式会社(ほくでん)と交渉を行いました。結果、毎年4月から11月までの間、0.4t/sの水量を滝に落とすことになりました。やったね。

壮瞥滝とは別に走っている流路
16:55 飲み喰い処ひさご

滝を見、図書室で調べ物をし、これで19日にやるべきことは果たしました。自由です。しかもブーブーを運転しないので、お酒を飲むことができます。そして、滝之町には居酒屋があります。当然入ります。

入口は脇

「飲み喰い処ひさご」さん。16時半からやっていてうれしい。泊まるホテルまでの終バスが18時台ですから、開店と同時に飲み始めれば2時間弱滞在することができます。

 

軟骨唐揚げ・やきとり・ライムサワーでスタート。100那由多点。

 

店主さんや常連さんと、壮瞥のりんご生産、過去のりんごまつり、そして今回のりんごめぐりの話で盛り上がりました。

青森や長野の隙間を縫うように出荷していたこと。今までの形でりんごまつりができなくなってしまったこと。スタンプラリーはその打開策であることなど、資料を追うだけでは分からないお話を聞くことができました。

 

いか納豆・国稀を吸い込んでいます。100那由多点。

 

なぜ?話の流れで拙著をお渡しすることになりました。

なぜ?3万点。しめて200那由多飛んで3万点。なぜ?ついでに国稀がもう1本飛んできました。商工会長さんごちそうさまでした。

 

2時間弱のつもりが4時間いました。バスが終わっています。ひさごの奥さんに車で送ってもらってホテルへ移動しました。

伊達に戻って泊まる手もありましたが、せっかくなら壮瞥に泊まりたいところです。壮瞥温泉「ホテル中の島」を予約しました。温泉の大浴場がありますが、着くなり寝てしまったので入りそびれています(1敗)。

壮瞥に泊まるのは小学生以来。テレビで洞爺サンパレスのCMを観、せがんで連れていってもらいました。なんてったって宇宙一~

ホテル中の島

10月20日

7:50 壮瞥温泉

突き当たりは洞爺湖

そうべつりんごめぐり初日です。

オタクの朝は早い。8時前のバスで滝之町へ向かいます。この便を逃すと次は10時台。オープニングセレモニーは9時半開始ですから、どうあがいても間に合いません。

洞爺湖を撮りなさいよ

境界見出板があります。林野庁測定規程に基づいて境界検測を行った証です。境界検測は以下の手順を踏む必要があります。

①検測資料の検討 ②隣接所有者の確認 ③隣接地所有者に対する検測通知書の作成 ④基準点の確認 ⑤検測・境界点位置の決定 ⑥検測杭の設置 ⑦補点及び予備標の設置 ⑧境界番号の変更 ⑨境界線の刈払い ⑩検測手簿記載 ⑪境界標識の埋設及び補修 ⑫境界見出しの設置 ⑬検測上疑義が生じた場合の処理 ⑭隣接地所有者等から異議の申立てがあった場合の処理 ⑮成果等の整理

なんでこんな話をしたんだ?もう5000文字も使っています。りんごめぐりの話が一向に始まらず、怒っている人もありましょう。ご安心ください。ちょうどバスが来たのでこの話は終わりです。

ユースホステル前 7:58発
9:20 地域のあそびば ミナミナ

8時半前には道の駅着。しばらく待ちぼうけです。

しれっといる

プルーン・トマト・りんご・ソフトクリーム・ひなた。しれっと混ざっています。こういうのいいよね。

車で来た人、前の日に乗って転がった伊達(・室蘭)からのバスで来たPも次第に現れ、オープニングセレモニーには30人前後が集まりました。9:15頃にはミナミナさんが開き、小上がりに通されてセレモニーの開始を待ちます。

(この法被ほしくない?)

 

セレモニーは9:30に予定通りスタート。

オープニングセレモニーの様子

■実行委員長挨拶

「いつでもお越しいただいて、壮瞥町を知っていただきたい」

■町長挨拶

「ななろくご……ナムコでした(笑)」

■メッセージ代読(地域おこし協力隊・まえはしふみこさん)

「大好きなりんごに携わるお仕事ができて、とってもうれしいべさ」

■委嘱状交付

町からバンナム

www.instagram.com

☝セレモニーのアーカイブが残っています☝

キャラクター・木下ひなたではなく、人間・木下ひなたとして扱われていたことにえも言われぬ嬉しさがありました。実在性。

 

10:15 そうべつくだもの村

さて、オープニングセレモニーも無事終わり、早速りんごめぐりを始めます。

今回のスタンプラリーは「そうべつくだもの村」と呼ばれる一帯で開催されます。道の駅から国道453号線を東へ約1.3km地点の間に、十数軒の観光果樹園がひしめいているため、徒歩でも容易に巡ることができます。なお荷物量

 

現在の大字は滝之町ですが、集落名は「阿波国(あわこく)」。明治17年(1884)に徳島県から鎌田新三郎を団長に、阿波国団体十九戸が移住して形成されました。

他の集落では小作農が大半を占めるのに対し、阿波国は自作農がほとんどで、肥沃な土地・安定した天候に助けられて収入も多かったようです。従って納税も多くあり、明治31年(1898)頃には阿波国の二十数戸で村税の50%(!?)を占めたほどでした。

阿波国停(矢野果樹園そば)

団長・鎌田新三郎は藍栽培を生業とする鎌田家の二男で、明治9年(1876)には高知県令(現在の県知事のような人)から紺屋・藍商業の免許を受けています。団体の人々も藍栽培の経験がありましたから、阿波国ではまず藍の栽培が鎌田により奨励されました。

鎌田の指導奨励により、阿波国の藍は東京や越後の藍証人と取引されるまでに発展しました。しかし、藍は肥沃な畑に、さらに多くの施肥をして栽培する作物であって、ある程度の資力を必要とします。その上、刈取りや乾燥に多くの手間がかかり稼働力も要るとなれば、栽培者は限られることになります。結局、農家数・作付面積ともに伸びはなく、明治35年(1902)の農産物生産統計調査では藍の作付・生産量は計上されていません。

翻って、りんごはどうだったでしょうか。壮瞥のりんご生産は不動町の3世帯に始まり、次いで橋口文蔵が大規模に展開したことは先に述べた通りです。明治23年(1890)年から約10年の間、壮瞥住民は橋口の指導のもとにりんごを盛んに栽植しました。栽植した人々の中に、阿波国の矢野弥平・浜田嘉平・木原利八郎があります。彼らは各屋敷に3、4本を植え、後継者である矢野亀之丞・浜田八太郎・木原義作らが殖やして果樹園の経営を行いました。病害虫の未防除による衰退などもありましたが、その後復興し、りんごを含む果樹は藍に代わる換金作物として阿波国に定着したのでした。

現在、明治23年(1890)に植えられた個体が現存しており、壮瞥町産業記念樹の指定を受けています。

 

そういうわけで、りんごめぐりの一か所目はその個体があり、また、前の晩に5代目園主・英彰さんと盃を交わしたご縁もある「くだもの農家浜田園」さんにしました。道の駅方面から行くと、大きな「はまだ」の文字が目立ちます。

クソデカはまだ

りんごめぐりでは、1品種あたり500円以上購入することで、スタンプを捺してもらえます。捺印の欄は16個。時期によって収穫適期を迎える品種が異なるため、全てを集めるには複数回訪れる必要がありますが、もちろんコンプリートを待たずして応募することもできます。

今回はB賞・洞爺サンパレスリゾート&スパ ペア宿泊券を狙うべく、7品種を目指すことにしました。

プルーンもあってうれしい

浜田園さんでは「ひめかみ」を入手。「ふじ」と「紅玉」のかけ合わせで、親の特性をバランスよく受け継いでいます。

 

共通の丸いスタンプと、果樹園名のスタンプを捺してもらいます。浜田園さんの捺印第一号になりました。このスタンプもグッズ化してほしい。

 

無事にりんごを買ったところで、壮瞥で一番年季の入った個体を案内してもらいました。

双幹になっており、根元は保護されている

品種は「祝」。現存する日本最古の「祝」は青森県つがる市柏の個体で、明治11年(1878)に栽植されたものですが、12年後に栽植されたこちらも負けず劣らずの樹齢を誇っています。

 

2軒目へ急ぎましょう。ミナミナさんに一番近い道の駅の直売所からスタートする人が多いと踏んで、一番離れた果樹園へ向かいます。

阿波国停すぐそば、「矢野果樹園」さん。この日はお休みでした。ざんねん。平日だからか、ちらほらお休みがあります。

 

参加店舗(果樹園)にはポスターの掲示がある

お隣にある「近藤果樹園」さん。ここでは「昂林」を買いました。

昂林は「ふじ」の枝変わり(遺伝形質とは異なるものが枝単位で生じる現象)で、いわゆる「早生ふじ」の系統です。ふじは世界で最も生産量が多い品種ですが、極晩生であって、北海道では完熟しないうちに冬を迎えてしまう、という問題があります。でも、熟期が早い早生ふじならOK。

 

おいしそう

「ほりぐち果樹園」さんでは「トキ」と迷って「シナノドルチェ」を購入。

「トキ」は甘いりんごの代表格で、壮瞥でもよく生産されているため、壮瞥のりんごを見る上では買う必要がありましたが、「シナノドルチェは酸っぱいよ!」という店員さんの声につられて択から外れてしまいました。酸っぱいりんごが好き。

シナノドルチェは2005年に登録された長野生まれの品種です。「ゴールデンデリシャス」と「千秋」を親に持つ品種で、同じ交配組み合わせでは「シナノゴールド」も生まれています。

トキもあるよ

 

ほりぐち果樹園さんからすぐのところに、「浜田○留*12果樹園」さんの年季が入った看板が生えていますが、これは罠です。実際の店舗はもう少し道の駅側。

 

なしも出ている

最初に入った浜田園さんのお向かいは「壮瞥たかしな果樹園」さん。「昂林」と同じ早生ふじの仲間である「紅将軍」を手に入れました。「ふじ」の枝変わり「やたか」のさらに枝変わり。山形で生まれました。

 

「堀口(義)果樹園」さんでは新規の捺印が見込まれなかったため、一旦スルー。

 

お向かいの「タカシナ観光果樹園」さんで「紅玉」を目撃したものの、これは一つ前に並んでいたお客さんに売れてしまいました。店頭分に並んでいる品種が全てかどうか尋ねたところ、「シナノスイート」がある、とのこと。少し待って出してもらいます。読んで字のごとく、長野生まれの甘い品種です。

台紙は各店舗でもらえる

「フジモリ果樹園」さんで「彩香」を発見。

2001年に青森県産業技術センターりんご研究所が登録した品種で、「あおり9」が登録名です。生果実に限って「彩香」の名称を用いることができます。酸味があって料理・加工に適する点で親品種「あかね」やその親品種「紅玉」の特性を引き継いでいます。

アカネチャーン(2023/9/30 札幌市)

距離的には徒歩でも楽しめる「りんごめぐり」ですが、大きな問題があります。荷物の重量です。各果樹園で発送しない限り、複数品種を持って歩くことになります。500円以上となれば、だいたい5~6玉は入っていますから、1kg/袋は簡単に超えます。ここまでで6店舗・6品種を買い回り、荷量は限界に近づいていました。

恐怖!りんごを狩るりんご

入口が隣接する「浜田○留果樹園」さん*13・「コカワ観光果樹園」さんはどちらもお休み。

最後にコカワ観光果樹園さんの向かいにある「岩倉観光果樹園」さんで「トキ」を買って、これでスタンプは7つになりました。

しれっといる

肩が壊れるのが先か、トートが壊れるのが先か。「阿野観光果樹園」さんを見つつ、ミナミナさんへ急ぎます。

阿野観光果樹園さんは道の駅すぐそば
11:50 地域のあそびば ミナミナ

およそ1時間半で7つスタンプが集まりました。スタンプ2つでステッカーがもらえます。3つ以上ではステッカーに加えて商品に応募することができます。無事に7つを集めたため、予定通りB賞のサンパレスに応募。りんごの発送もして、りんごめぐりはひとまずの完了をみました。

いいステッカー

流石に疲れました。ヨツカド商店さんでぼんやりします。

コーヒーにりんごジュース・スコーンサンド(りんご)・りんごサンデーとりんご尽くし。

うれしい

かなり力が入っておりうれしい

朝はワチャワチャしていてじっくり見られなかったため、改めてミナミナさんを見ます。セレモニーモードも終わって、配置が変わっていました。右手ではMVも流れています。

 

14:05 たまごcafe at たつかーむ

これでやるべきことは全部おしまい。雨降りしていなければ行きたいところもありましたが、マストではないので次回の課題としました。図書室で追加の調べ物を少しだけして、温泉に入って帰ろう……と思って道を歩いていたところ、一台の車が止まりました。

 

「見るもの見れた?」

「立香以外は見ました」

「乗ってく?」

「!?」

人間ドライブレコーダー

! 偶然通りがかったひさごのご主人に、雨で諦めていた箇所を案内してもらえることになりました。ありがたい話。長流川を挟んで滝之町の対岸にある立香(たつか)*14を目指します。

 

「たまごcafe at たつかーむ」さんに来ました。ここで生産した平飼い有精卵「たつかの恵み」やその加工品の販売、食事の提供を行っています。お昼時は過ぎていたこともあり、プリンを3つ購入。

 

続いてご主人おすすめの「清水農園」さん。トマトを用いたジェラートで知られているらしい(来店時はお休み)。トマトジュースを買いました。

トマト トマト トマト トマト

 

立香で壮瞥のりんご以外成分を享受したのち、折角なら……ということで、昭和新山熊牧場へ急行。

 

熊さんが檻に入っています。

 

人さんも檻に入っています。

 

熊さんが檻に入っています。

 


人さんも檻に入っています。

 

熊さんが檻に入っています。

 

人さんも檻に入っています。

 

羆神社。狛熊?


図書室に用事があるため、役場で降ろしてもらいました。本当にありがとうございました。

 

山美湖入ってすぐ

役場・山美湖も、前日と比べてどこそこに幟が増えています。

1時間ほど調べ物をしてバスに乗り、いよいよ壮瞥を発ちます。壮瞥高校のラッシュに再度遭遇。

 

伊達へ戻って夜ごはん。気になっていたおそば屋さんが終わっていたため、別に気にしていたメン・ショップ「元祖鶴つる亭」さんに入りました。

でっかいたくあん

赤味噌らーめん+小ライス。GOD MEN

 

意地でも単純往復をしたくない人間、行きはお船、帰りはJR。

チケットホルダー撮りがち

車内で立香コンビ(?)を吸い込みました。プリンはたまごが脳内に直接語りかけてくるし、トマトジュースは言わずもがなトマト トマト トマト トマト

おいしい

汽車は速い。18時半に伊達紋別の駅を出て、22時半には弘前に着きます。りんごめぐりを終えて帰ってきても、りんごがあります。

 

翌日、壮瞥から発送したりんごが届きました。いい箱。

道の駅・各果樹園から発送できるほか、ミナミナさんでも発送してもらえる

おわりに

当方はひなたPではなく、ひなたのオタクでしかありません。勢いに乗っかってこのような文章を書いているだけであって、北海道、そして壮瞥町とひなたの関係を熱烈に発信してきたひなたPの皆さんにスーパー・クソデカ・パワフル・感謝をするところです。その熱意を汲み取り、ここまで大々的なコラボにまで押し上げた壮瞥町の皆さんにも、ハチャメチャ・BIG・トンデモ・感謝の気持ちでいます。本当にありがとうございます。

 

ところで:ぱにろくさんとの共著で、『木下ひなたの田舎を探ろう!』に続く本を出そうと考えています。11月19日(日)開催のISF11*15で出す目論見もありましたが、あまりにも急拵えになる上、執筆する2人とも申し込んでいないため、C103*16新刊として発刊する予定です。

正式に(?)ひなたの田舎となった壮瞥、そしてりんごめぐりを中心に、前作の時点で判明していなかった部分、また掘り切れなかった部分を増補。インタビュー記事も掲載します。お楽しみに!

 

そうべつりんごめぐりは始まったばかり。これを機会に、壮瞥を訪れると吉です。

最後に、まえはしふみこさん(壮瞥町地域おこし協力隊)にいただいたメッセージを掲載して記事を締めようと思います。

(まえはしさん、そして壮瞥でお会いした皆さん、ありがとうございました!)

 

 

*1:『青森りんごジュース約100点』はメロンブックスで予約受付中!

*2:TOHOシネマズ おいらせ下田・青森県上北郡おいらせ町

*3:フォーラム盛岡・岩手県盛岡市

*4:ユナイテッド・シネマ豊洲・東京都江東区

*5:札幌シネマフロンティア・北海道札幌市

*6:アニメ9話でロケーション協力としてクレジットされていたホテル

*7:稚内~函館を路線バスのみで移動した

*8:洞爺湖唯一の流出河川

*9:土を天地返しする大きな鋤

*10:回転させて砕土・すき込みを行う

*11:中耕除草・培土・芋掘りなど万能耕作機として活躍した

*12:○囲み留

*13:販売所は300mほど入った所にある

*14:昭和6年(1931)まで達観内(たつかんない)

*15:765・ミリオンオンリーイベント

*16:冬コミ

㊗八戸松屋松のや開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店

www.daily-tohoku.news

嗚呼……!

 

 

建松記念日(1).png……!

 

 

どうしようかな……

 

 

行こうかな……

 

 

八戸か……

 

 

そんなに近くないんだよな……

 

 

函館のほうがよく行くし……

 

 

う~ん……

 

 

悩みどころですわな……

 

 

そのうち行ければいいか……

 

 

あれ!?

 

 

あれ!?!?

 

 

あれ!?!?!?

 

 

幻覚?

 

 

競合?

 

 

オオオ50050000|||今だけワ今だけワワプププセ|ンコセ|ンコンコンンンル!インル!インイン

 

 

開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店開店

 

 

回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転回転

 

So

 

 

So nice

 

 

So nice 香る

 

 

So nice 香る spice

 

 

八戸ブックセンターよかったな……

 

 

帰ろう……

 

 

弘前からだと盛岡の方が心理的距離は近いんだよな……

 

 

高速バスで一本だし……

 

 

とりあえず乗っちゃえば寝てても着くし……

 

 

あれ!?

 

 

あれ!?!?

 

 

間食間食間食間食間食間食間食間食間食

 

 

帰ってブモグを更新するか……

 

 

弘前着いたら夕方だし……

 

 

かなり眠いし……

 

 

雨降ってるし……

 

 

あれ!?

 

 

あれ!?!?

 

 

あれ!?!?!?

 

 

OKKKKKOKKOKOKOOKKOOKOOOOKOKKOOKKKOOOKOKOOKKOKOOOKKKKKKKOKOOOKKOOOKOOKKOKOOOK

 

 

提案提案提案提案提案提案提案提案提案提案提案提案提案提案提案提案

 

 

 

就寝!

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おさけ おさけ おさけ おさけ

 

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しぶや しぶや しぶや しぶや

 

やまや やまや やまや やまや

 

ライブ ライブ ライブ ライブ

 

おさけ おさけ おさけ おさけ

 

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テレビ テレビ テレビ テレビ

 

きやく きやく きやく きやく

 

しはつ しはつ しはつ しはつ

 

ねぼう ねぼう ねぼう ねぼう

 

ららぽ ららぽ ららぽ ららぽ

 

2まく 2まく 2まく 2まく

 

ぎょうざ ぎょうざ ぎょうざ ぎょうざ

 

おさけ おさけ おさけ おさけ

 

メニュー メニュー メニュー メニュー

 

ぎょうざ ぎょうざ ぎょうざ ぎょうざ

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おそば おそば おそば おそば

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おそば おそば おそば おそば

 

ねどこ ねどこ ねどこ ねどこ

 

おうち ぴんち おうち ぴんち

 

たなだ たなだ たなだ たなだ

 

おそば おそば おそば おそば

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おそば おそば おそば おそば

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おみせ おみせ おみせ おみせ

 

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エアコン壊れ部屋より暑(アツ)を込めて( #C102 おしらせ)

あまりにもあつい!

大量に麦茶を飲みながら、コミケで出す本を作っていました。

そうこうしているうちに自転車も壊れました。もう気が狂う。

買ったそばから音が出なかったヘッドホンは交換されて帰ってきたからいいけど、音楽で暑さを誤魔化すのも限界があります。早朝から5秒でけちょんけちょん。

早急にエアコンぐにゃぐにゃおじいさんからエアコンぶんぶんお姉さんにランクアップする必要があり、修理を頼んでいるのですが、今日(8/8)来ますね!と言ってなかなか来ません。来ないので、コミケの告知をします。

 

時刻表

『弘南バス方面別時刻表2023年夏版』か、『下北交通+α方面別時刻表2023年夏版』を作ろうと思っていました。

できませんでした。思ったより時間がなかった。

落とした分の印刷所の枠は、原稿ができたのに印刷所予約を忘れていたサークル代表の新刊に充てられました。めでたしめでたし。

 

さっぽろのカードの本

表紙

時刻表を落としてまで何をこさえていたかといえば、『さっぽろのカードの本  WITH US』です。

札幌市交通局が発売していたカードをミニミニ個体の頃から集めており、永らく机の引き出しでぼんやりしていました。彼らを叩き起こして、本に出てもらうことにしました。

 

しかし、登場するカードの枚数が当初の予想より遥かに少ない。これは文章で誌面が埋まったためです。28231文字書いていました。A5変判・48ページで25000文字を超えると、なかなか読み応えのある感じになります。疲れます。でも、たくさん書いたおかげで、かなりおもしろくなりました。

 

 

booth.pm

BOOTHで冒頭11ページ分を公開しています。12ページ目以降は、フヨフヨの中にカードが座っています。

 

https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2036467

メロンの予約ページも生えました。メロンで買うと1100円、現地で買うと1000円です。

 

どこ?

C102:2日目東R-02ab「定礎マップProject」「すぱいしーてぃっしゅ」の合体場所で頒布します。既刊『八潮市垳の本 垳ときどき桁?』も持っていきます。

事後通販:メロンブックス。予約はもう始まっています。電子版はBOOTHとメロンで頒布する予定です。

 

2023/8/14追記:BOOTHのページが生えています

spicytissue.booth.pm

 

♨(暑すぎて何も出なくなりました コミケ来てね 暑いし台風もあるから来なくてもいいかもしれない ご無理なさらず)

大鰐村一番の蕎麦練り婆って誰?家族構成は?五所川原まで流れた?調べてみました!

今回は『津輕平野開拓史』や『五所川原町誌』の注釈に登場する村一番の蕎麦練り婆を調査しました。家族構成は?移動距離は?見ていきましょう!

もくじ

パワフルおばあちゃん?

『津輕平野開拓史』では

(註)大鰐村一番の蕎麥練り婆が、五所川原迄流れて來たのは此の時である

五所川原町誌』では

註 大鰐一番の蕎麥ねり婆の流れて來た大鰐水とは此の洪水の事である

とそれぞれ注釈がつく大鰐のおばあちゃん。

 

大鰐から五所川原まで生きて流れるなんて、とっても元気だったんですね!体力には自信があったのかもしれません。

家族構成は?

おばあちゃんの名前は分かりませんが、家族の名前が残っています。

 

大鰐町史』に「久七の家の婆」という形で登場しているため、息子か孫に当たる人が久七、という名前だったことが分かります。

 

かなりレトロなお名前。江戸時代だから当たり前ですね(笑)

移動距離は?

現在の大鰐町から五所川原市まで川を流れると、いったい何kmになるでしょうか?

 

Mapionキョリ測で調べると、なんと43km!

 

20mシャトルラン2150回分です。

 

新体力テストで2150回も走ったら、逆に煽りコメントを書かれちゃいそう。小学生のころの主は100回超えるのがやっとでした……。

 

まとめ

蕎麦練りが得意な久七さんちのおばあちゃん。

 

調べてみた結果、何がなんだかよく分かりませんでした(笑)

 

皆さんもタイムスリップする機会があったら、おばあちゃんのお蕎麦を食べてみてください!

 


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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こんにちは。39MLです。

おいしそう

弘前市石川の大仏公園にいます。お山がいい感じ。

大鰐側に建っている

ここには何人か石碑が生えており、(恐らく)もっとも高い地点にある碑が『大洪水記念之碑』です。

昭和10年(1935)8月に大鰐町を始めとする平川流域を襲った洪水を記念して建ったもの。大鰐は古くから洪水の多いところで、「いがりの後始末は、大鰐の人がなれているからまがせればよい」(『大鰐の昔っこ』)などと言われているほどです。

平川は左へ曲がるが、洪水は直進して街に押し寄せた

大鰐で発生する洪水は「大鰐流れ」と呼びならわされています。石碑にある昭和10年(1935)の集中豪雨は特に甚大な被害をもたらし、死者20・流失家屋57*1・流失橋梁10の修羅場となりました。

 

白でなぞっています

石碑の裏側に回ると、また別の文字が刻まれているのが見て取れます。「弘化元年七月大鰐流ヨリ二尺増水」とあり、これもまた大規模な大鰐流れです。
天保15年(1844)7月10日に発生したこの洪水では、大鰐村にある80軒あまりの家がすべて流されたり潰れたりし、村の人口200人中150人が濁流に流されて、うち50人が死亡しました。*2


数ある大鰐流れの中でも最大規模の被害を出したこの洪水について調べると、頻繁に遭遇する謎の人物があります。

 

「蕎麦練り婆」です。

 

『津輕平野開拓史』では

(註)大鰐村一番の蕎麥練り婆が、五所川原迄流れて來たのは此の時である

五所川原町誌』では

註 大鰐一番の蕎麥ねり婆の流れて來た大鰐水とは此の洪水の事である

と注釈がそれぞれ入っています。誰?

 

さらに『郷土史料異聞珍談』に至っては、本題へ入る前に

俗に蛇水又は大鰐と称せられ、大鰐一番の蕎麦練り婆の流れて来たのは、此の洪水である

と宣言する始末。誰?

 

極めつきは『津軽ケガジ物語』で、

大鰐の蕎麦練り婆が流された洪水

と題して天保の大鰐流れについて書いています。誰?

 

「SUPER蕎麦テク婆が流された回」という共通認識が形成されており、怯えています。

一体どんな凄腕婆なのか?その謎を解明するため、我々は『大鰐町史』の奥地へ向か……わずとも、すぐに詳細が判明しました。

町史は大鰐流れについてかなりのページ数を割いており、もちろんSUPER蕎麦テク婆の話も載っていました。よかった。

大鰐の久七の家の婆が、鳥居に抱きついて浮きつ沈みつ流れながら、
「助けてけれーよー」と叫ぶ不憫さに力付けをするために、
「水は余程落ちたから必ず鳥居を離すなよ」
と、大声をかけたがすぐに姿が遠ざかってしまった。

久七の家の婆!


さらに『続 つがるの夜明け』は、婆が五所川原へ流れる様子まで紹介してくれています。

鳥居に抱きついて、念仏をとなえつつ、濁流に浮んでいる老婆があった。「鳥居を放すなよォ」と声をかけて、励ましているうちに、下流へ姿を消した。別な旧記によれば、大鰐村・久七の祖母であり、平川を抜けて、大川(岩木川)に入り、広田組五所川原村(五所川原市)に流れついて、いのちびろいをした

(なにこれ?)


町史は『続 つがるの夜明け』を引いて、五所川原まで流れる婆のイラストを挿し込んでいます。本当?

大鰐町史 中巻』より

何はともあれ、婆が何者で、どうやって五所川原まで無事に流れたかが分かりました。本当?

 

 

ところで、蕎麦練り婆の名が村中(郡中かも)に轟いていたところを見るに、ババア・ソバは自家消費に留まらず、大衆に提供されていたのではないか、と考えます。

当時の蕎麦屋の実態を見てみましょう。しかし、これがなかなか難しい。というのも、容易にアクセスできる資料だけ辿ってみると、藩政期の農民食生活史は飢饉の歴史とイコールになると言ってもよく、生死の狭間をさまよう局面での食事ばかりが記録されているのです。

犬の吸い物を作りすぎて村から犬が消えた話とか、食べ物をもらいに来た子どもを殺して食べるとか、もうめちゃくちゃ。もっと普段の話を記録してくれ。

そんな中で、爆烈助かる存在が『前掲弘藩一統誌月令雑報摘要抄』。藩政期に藩日記役を勤めた内藤官八郎(1832~1902)の著作で、年中行事の記録や文政~明治維新前後に及ぶさまざまな事物の変遷を記述したものです。庶民のくらしの記録として大助かりしています。

『弘藩明治一統誌月令雑報摘要抄』より

蕎麦屋について見ると、境関村*3橋詰の蕎麦切り屋が流行りの店として紹介されています。蕎麦切り、つまり麺状での提供もポピュラーだったことが伺えます。

ただし、飲食店が流行るのは弘化以降の安定した時期の話で、凶作の続いた天保年間にあっては、旅の人に蕎麦餅*4と濁り酒を出すのが精一杯であったようです。

蕎麦練り婆が有名になったのは天保より前ですから、蕎麦切りより蕎麦餅で評判になっていたかもしれません。

朝日屋日景食堂のざるそば・大鰐温泉もやしおひたし

 

 

あ。そういえば、久七、誰?蕎麦練り婆と暮らしていた久七については、やや調べただけでは全く分かりませんでした。お寺の過去帳を見せてもらえば一発で分かりそう。

久七さん!?

それはそうと、大鰐温泉街に「久七温泉客舎」があります。久七の名を冠した施設で、これが激烈OK温泉。

なぜか洗面器がついている

大鰐温泉では現在、ほとんどの施設で統合源泉のお湯を引いています。これは大鰐にある源泉のうち、赤湯・石原・青柳・植田の4泉を混合したものです。

一方、久七では植田源泉を単独使用しているため、植田源泉本来の熱の湯を楽しむことができます。看板にも「熱の湯」*5の文字。看板に偽りなし、250円でとんでもない量の汗を出せます。近所の若松会館や大湯会館も随分発汗しますが、それでも混合することである程度和らいでいるんだなあ、と思います。

お風呂上りに客舎名の由来を尋ねると、創業から200年以上も経っているので分からなくなってしまったとのこと。

しかし、男の人の名前ではあるし、例の久七と何か関係はあるかもしれない、と仰っていました。

OMOMUKI

 

踏切を挟んでいる

大鰐の町から少し歩いて、長峰八幡宮に来ています。ここは元長峰村の村社であって、鯖野沢川に沿った立地です。もしかすると、蕎麦練り婆を五所川原まで運んだのはここの鳥居だったかもしれません。というのも、大鰐村内では天保の大鰐流れで鳥居が流失した記録が見当たらないのです。

大鰐三社宮(羽黒・稲荷・薬師)の神主・長利浪江は被害状況について、次のように記しています。

恐れながら口上書を以って申し上げ承る。去る十日当初大洪水にて、私居宅床の上五尺余水上り候処、御建立所三社御神影並びに戸障子、敷物、鍋釜、衣類、諸道具などまで流失に相なる

神主のOUCHIはかなりの高さまで水が来たものの、神社は高い所にあって直撃を免れたのか、村内にある他の建物より軽微な被害に留まっています。

OUCHIについては持宮である苦木熊野宮・島田久須志神社から再建に使用する杉材を切り出す許可取りをしていますが、神社に関する記述は見当たりません。


翻って、元長峰八幡宮の状況はどうだったでしょうか。『大鰐町史』には

長峰村は、家九軒が流れ村中に淵と瀬のある川が出来て難儀したという。
「本長峰にても流失家屋九軒、痛み家等も有る旨相聞こえ候につき」天保十五年七月十一日『藩日記』

とあります。平川は元長峰村より少し上流で屈曲していますが、濁流は流路に関係なく村内を直進。大鰐三社宮と異なり、元長峰八幡宮は村の家々と同じ高さにあるため、OUCHIと一緒に鳥居が流され、蕎麦練り婆の眼前を通過した可能性があります。本当かな?

大鰐町史 中巻』より

 

実は、蕎麦練り婆のエピソードには、鳥居に縋らず、そのまま洪水に吞まれてしまうバッドエンドも存在し、このルートは『津軽ケガジ物語』に収録されています。

大鰐の蕎麦練りの名人と呼ばれた婆さまは、濁流に押し流されながら両手を高く差し上げているので、ほかの人達は「婆さまやーえ、なにしにその手を上げているのだば、何にかにつかまれー」と叫ぶと「われ死んでもよいが、この手っこいたわしい(この手が惜しい)」と答えながら濁流に呑まれて見えなくなった

蕎麦練り婆が流れ着いてきた話を五所川原側で拾うことができていないため、生存ルートと死亡ルート、どちらの可能性も捨てきれません。町史に載せるなら生きてるほうが嬉しいわな。

生きて着いてるといいね(五所川原市・乾橋付近)

 

 

最後に、流されて亡くなってしまった人にも触れる必要がありそうです。なにせ、蕎麦練り婆の50倍の数があります。

平川下流の田舎館村大袋に来ています。

ここは(地名から察される通り)水が寄せ溜まる地点で、大量の材木・柱・お椀・箪笥・障子など、ありとあらゆる物体が足の踏み場もないほどに流れ積もっていました。

人間も例外ではありません。大袋の畑では、5~6歳の子どもが泥やごみにくるまって見つかっています。畑主は遺体を洗い清め、無縁卒塔婆の前へ葬りました。数日後、大鰐から重次郎という人が来て、遺体は無事に引き取られました。

大袋には無縁仏の六地蔵があり、無縁卒塔婆もおおよそこの地点にあったものと考えられます。

 

 

結局、蕎麦練り婆について、ほとんどわかりませんでした。ずーっと輪郭がぼやけています。
昔こをつぶさに調べれば、もしかしたらそういう話があるかもしれません。

今後何か分かったら、新しく記事を生やそうと思います。おしまい

 

参考文献

大鰐町(1995)『大鰐町史 中巻』大鰐町
大鰐町教育委員会編(1981)『大鰐の昔っこ:郷土に学ぶ』大鰐町
大鰐町教育研究会編(2002)『大鰐のくらし』大鰐町教育委員会
葛西松四郎(1980)『津軽ケガジ物語』「津軽ケガジ物語」刊行委員会
斎藤匡則(1935)『五所川原町誌』五所川原町役場
外崎義雄編著(1965)『大鰐町誌』大鰐郷土史研究会
内藤官八郎著,青森県立図書館編(1975)『弘藩明治一統誌月令雑報摘要抄』青森県立図書館
福士貞蔵編(1956)『郷土史料異聞珍談:一名津軽伝説集』津軽考古学会
福士貞藏編(1951)『津輕平野開拓史』五所川原町公民舘
船水潔編(2002)『『弘前藩日記』に見える大鰐町史資料 四 神社と民間信仰偏』大鰐町中央公民館 
森田稔著,青森県図書館協会編(1972)『近世青森県農民の生活史』青森県立図書館
山上笙介(1975)『続 つがるの夜明け 下巻之弐』陸奥新報

 

*1:大鰐40・蔵館12・宿川原5

*2:石碑のように弘化元年とする資料もありますが、弘化元年は12月2日から始まる短い期間であるため、本記事では「天保の大鰐流れ」とします

*3:弘前市境関

*4:蕎麦粉をなべに入れ、火にかけて、湯でこね、ねぎみそをつけて食べた

*5:単純に熱いというわけではなく、湯冷めしにくいという意味

スマホのカメラと和解する日

ああ!

泣いちゃった。4月22日、秋田空港で泣いちゃった。

OKタイミングでシャッターが切れない。最近使っているスモホ、OPPO Reno5 Aのカメラでは、たまにこういうことがあります。HDRで撮るモードがデフォルトらしく、動きものを撮る時には切る必要がありますが、大抵忘れています。

HDRは手前で何をしなくとも勝手に見やすい画にしてくれることもあって時折重宝するのですが、どうにも牙を剥く頻度のほうが高い。本にするとか、記事にするとか、そういう時にモンヤリした写真を使うしかない、というのを防ごうとすると、どうしてもスモホと別にカメラを持ち出す必要があります。

 

正面の撮影に失敗するため、カメラロールが後追いだらけになる

しかし、いま日本で最も売れているデジカメはiPhoneですし(本当?)、いつまでも敵対していても仕方がありません。ここいらでスモホのカメラとは和解しておきたいところです。動きものを無理にスモホで撮ろうとするからよくない。ズームを無理に使おうとするのもよくない。人には人の乳酸菌。カメラにはカメラの乳酸菌。違う。

 

小夜(さよ)

5月10日。日没直後の鰺ヶ沢に来ました。

しまった。和解する予定だったのに、スモホにとって最も分が悪い時間帯です。暗くなればなるほど、やっぱり別にカメラを持ってきたほうが良かったなあ、と思います。

でも、何年か前に比べればずいぶん良くなりました。撮りたい部分(住所)に合焦してくれています。

 

2013年9月、MEDIAS CH 101N。助けて!

問題は、最近のスモホのカメラに期待し過ぎていることかもしれません。越えられない壁もあります。ある程度のガビガビやジャギジャギには目を瞑るか、それを個性として受け容れることが肝要です。

 

小夜ヶ丘団地

いいかも。いいんだけど、一眼持ってくればよかったなあ、とも思います。

この雑念を追い払うために、何をすればよいでしょうか。

 

 (1) スモホ以外のカメラを捨てる

 (2) 雑念を生み出す脳みそを捨てる

 (3) 何で撮ったか分からないくらい加工する

 (4) はんぺん

 

正解は……

 

わかりません。でも、(4)は結構よさそうです。はんぺんおいしいし。早速、はんぺんを食べようと思いましたが、冷蔵庫にありませんでした。仕方がないので、ひとつ上の(3)を試してみます。

 

 

色相ずらし+移動ぼかし

お!?

結構いいです。謎の安心感があります。こういうテイストの画像だけ載ってる本とかあったら買っちゃうかも、くらいの気持ち。

 

メッシュ変形+青海波

なんだこれ。歪んだレンズに青海波の傷がついたグラサンをかけた時の視界を再現したいときにおすすめです。青海波ってめちゃくちゃWi-Fi飛んでるみたいでいいですよね。Wi-Fi天国。

 

平原通りWi-Fi天国!!

青海波とWi-Fiの話は置いといて、なんだか画面がずっと青いなあ、となっています。なぜ日没後の空が青でなければならないのか?なぜ人は夜の写真を青くしてしまうのか?なぜ彩度を高くしてしまうのか?

 

色相ずらし+トーンカーブ+モザイク

アッだめだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!和解失敗!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

黒背景に置くと

だいたい

いい感じに

なる。

 

いつもありがとう

(終)