キュウリを飼っている人がいるとすれば、野菜売り場には猫が置いてあります。
電車で煮炊きしている家があるとすれば、ガス台が10両編成でやって来ます。
地球が人に住んでいるとすれば、人は100億年生きます。
キュウリがペットとして広く認知されている世界では、人が100億年生きられるのです。100億年生きた場合、最後に訪れるのは太陽とともに消滅することが決定づけられています。恐らく死ではありません。消滅です。誰かの記憶に残っている場合は死になりますが、誰の記憶にも残らないでしょう。考えない地球はたくさんいても考える人は一人ぼっち。一人で生きて消えていった後に、人の脳内においてのみ構成されている死後の世界を作り出すことはとうてい不可能です。
いっぱい生きても死ねないのと、そんなに生きなくても生きた後は死ぬことが保障されているの、どっちがいいのだろうと日々考えています。