キュウリの血と肉

当たり前の話をしています

生後19年10ヶ月、死後何年何ヶ月?

生きても死んでるようなもんだし死んでも生きてるようなもんなので死ぬことにあんまし抵抗感がありません。お仏壇があればそれはそれでマイルーム。毎日ご飯も出てくるし、コーヒーもビールもお供えしてもらえます。死んだほうがいいかもしれんなあ。

死んだように生きるのと生きるように死ぬのでは、後者の方が明らかにQOLが高いです。問題は死んだあとにちゃんと生きてるようにしてくれる人がいるかどうかですが……。親がいるうちはまぁよいとして、いなくなったらどうなるんでしょうか。困っています。でも大丈夫だと思うことにします。

死後のことなんて誰にもわかりません。わかりません。わからないんです。……わからないんですよね。なんもわからんのに死んだ後の話をしています。多分、死んだら死んだで次の世界の心配をしてなんもわからんな~とか言ってると思うのできっといつでもそんなもんです。

生を受けた時から死ぬのは決まっていますから、生まれたと同時に死んだも同然。生も実質死。死も実質生。楽しく生きて、死んでも楽しくいられたらいいなと思います。誰かが死んでも生きていると思えばそこに生きています。死んだあとに生きるかどうかは、自分の一存では決められないところがきっとありますよね。

死んで生きられなかったら、死後の世界へお引っ越しです。お引っ越しすることになっても悲観することはありません。嬉しいニュースがあります。なんと、死後の世界には青森県にも松屋があるのです。めでたい。毎日牛めしとカレーを食べることができます。

あ、成人する前に死んだら一生お酒飲めないとかないですよね、流石に。飲めなかったら狂います。